棚からぼた餅

  • 2025年1月27日
  • 2025年1月27日
  • 日記
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棚を開いたらたまたまぼた餅が出てきたという故事成語(ことわざ)である。
意味は偶然の出来事だけどラッキーって感じ。
ただラッキーという意味だけで捉えると薄いことわざだが、踏み込んで考えると面白いことわざになる。
実際に起こったとして考えよう。
棚から出てきたぼた餅、食べアクションに移るまでに多くの考えを経由する。
まずは腐ってないか、綺麗かなど表面や品質の確認。次にぼた餅のあった周囲の状況。
そしてこれは過去の自分が行ったことなのか、それとも私以外の誰かが行ったのか、また目的は何か考え始めるだろう。
これらの可能性を考え尽くし、安全であると結論を出して、初めて食べられる。
楽観主義で無鉄砲ならすぐ食べられるが、大多数の人々は多くの過程を経て捨てるだろう。
仮に高級であっても。
食べる前提で考えた時、安心して食べるためには多くの情報が必要になる。
つまり努力しなければ度胸試しになる。
食後もお腹を壊す恐怖に怯えながら時間の流れを待つしかない。
努力して情報が集まっていれば、食後も美味しかったのハッピーな気持ちで幸福度は上がる。
努力の差で同じ行動でも時間の過ごし方が大きく変わってくる。
ラッキーなこともしっかり掴むためには努力が必要になる。
また努力していればこれまで見えてこなかったことも実はチャンスやラッキーにつながることだったかもしれない。
運も実力のうち、この言葉につながるところがあるだろう。
チャンスやラッキーはただ待っているだけでは掴めない。
チャンスやラッキーは日々の努力から受け入れる基礎を作っている者に訪れる。
私は棚の中にあるぼた餅を瞬時に口に入れられるようにするためにも、今日も積み重ねていく。